このページを友人にメールする

profile

氏名
新田 渉世
会社名
新田ボクシングジム
出生年
1967年
出身地
神奈川県
mixi
http://mixi.jp/show_friend.pl?id=473184
ブログ
http://www.tic-box.com/doc-nitta/nitta-index.html
http://boxon.jp/column/shosei.php
特技
ボクシング、逆立ち
休日の過ごし方
休日なしです
座右の銘
負けに負けるな
心に残る本
菊池寛「恩讐の彼方に」
尊敬できる人
ホンスーハン(韓国)
現在の仕事の苦労と魅力
人の成長する姿を見れること
若者へのメッセージ
負けに負けるな

company

会社名
新田ボクシングジム
本社
神奈川県川崎市多摩区登戸2832
広瀬ビル1F
URL
http://www.nittagym.com/index.html

国大生ボクサーの誕生

小学6年生の時にボクシング漫画「あしたのジョー」を見てボクサーを志し、高校3年の終わり頃にジムの門を叩きました。

 「ボクサーに学歴は関係ない」と考えていた私の成績はひどいものでしたが、「人と同じじゃつまらない」と考え一念発起。横浜国立大学を受験し、かろうじて合格出来たのです。

 大学に入学して約1年後にプロテストに合格。大学2年の5月に念願のプロデビューを果たし、2足のわらじを履くことになりました。 更に在学中に学生結婚をして子供が生まれ、「子連れ国大生ボクサー」として話題となりましたが、3足のわらじを履いてしっかりと(?)2度の留年。友人は同級生を含めて3学年にも渡りました。

その友人達は試合の度に大勢応援に駆けつけてくれました。 大学卒業が結婚の条件だったこともありましたが、目の前のハードルを飛び越えずに進めないという性質もあり、6年かけてようやく卒業をしました。

 大学卒業後、教育学部で学んだ友人の多くは教員の道へと進みましたが、私はプロボクサーという、まったく別の行き方を選択し続けました。

第2の人生

何しろ小学6年生からボクサーを志し、30歳までずっとその道で生きて来たので、引退後の人生については大いに悩みました。 私は「出来るか、出来ないか」ではなく、「何をしたいか」という発想で第2の人生を考え始めました。

そして、「ボクシングジムを開設すること」と「世界平和を訴える国際ジャーナリスト」になることを目指すことにしました。

 新聞社やテレビ局のアナウンサーの採用試験を受けましたが、結果は不採用でした。カバン一つで妻と2人の子供を連れて米国サンフランシスコへ渡り、大学へ通って国際政治の勉強をしようと考えましたが、生活に追われて1年で帰国しました。

 次に海外赴任を目論んで企業に就職。3年間精一杯頑張りましたが、海外赴任のチャンスはめぐって来ず、新潟へ単身赴任というのが関の山でした。 ある時、かつての後援者から「そろそろジムをやったら?」と言われ、いずれはやりたいと思っていたジム開設へ踏み切り、現在に至っています。

 慣れ親しんだ土地ということもあり、学生結婚をして以来、1年間の米国生活を挟んで15年間暮らしてきた小田急線の登戸・向ヶ丘遊園をジム開設の場所に選びました。 専修大や明治大などがある賑やかな学生街で、多摩川に隣接した自然と、都心へのアクセスの良さが魅力です。

夢は「あきらめない。」

現在、ジムには20名のプロ選手を含め、約150名の練習生が在籍しています。

2年連続で全日本新人王が誕生し、日本ランカー2名が活躍しています。 選手志望の人、体力作りやダイエット目的の人、いじめられっ子、様々な人が入門して来ます。教員にはなりませんでしたが、青少年育成の一端を担うようになりました。

 一見、上手くいかないことだらけのような人生ですが、「出来るか、出来ないか」ではなく、「何をしたいか」という発想でいろいろチャレンジして来たことが、思わぬ所で活かされているような気がします。勿論「国際ジャーナリスト」への夢も諦めていませんよ! やりたいと思ったことに精一杯チャレンジして下さい。必ず道は開けると思います!