幼少・少年期
昭和36年12月、山口県岩国市の国立岩国病院で生まれる。
幼少期はいろいろなことに神童と呼ばていたらしいが、
その反面、とても活発で怪我の多い子供であった。
幼稚園では座頭一のまねをして眉間をぶつけ大量出血し傷を作り、
小学では倉庫の1階の屋根から飛び降り足に15cmもの傷を作り、
中学では自転車で坂道を下り壁に激突し右手を骨折脱臼。
母親からは五体満足に生んだのに自分で傷物にしてると怒られた。
小学時代から凡人となり、スポーツは団体競技が嫌いで個人競技ばかり。
中学時代からギターにハマり勉強もせず、歌ばっかり歌って凡人のまま高校卒業。
高校を卒業し、父親とは進学にて意見が合わず東京に家出。
さすがにこのままではまずいと思い、浪人生活にて猛勉強。
浪人中の二畳半での貧乏生活は、その後の生活環境を変える。
一浪にて明治大学政経学部に入学。父親と和解。
大学時代は生活費稼ぎのため、数多くのアルバイト経験。
単純労働から、宅配、ファミレスのキッチン、選挙運動、経済取材、配膳、コンサートの整理等々、数十種類ものバイトを経験。
学生は机での勉強より社会勉強する場所だと考えていた。
社会人にて
大学4年次、就職活動にてまだ天職が見つからず、ありとあらゆる職種を回り歩く。
銀行、証券、電気、家電、コンピュータ、プラント、不動産、リース、航空、製造等々、
結局、大手コンピュータメーカを蹴り、ベンチャーのコンピュータメーカに入社。
ベンチャーなら新入社員でも仕事を任せてくれるだろうという甘い期待をしてたが、
予想外な封建的な会社にて裏切られ、挫折、営業方針にて上司と対立し、
お互いに認めあえず、その会社をあきらめ、入社たった一年で退社。
起業
会社を退職した翌日より起業、1986年、24才。
その時の持ち金30万円にて、江古田の6畳のアパートを事務所、
留守番電話を事務員、軽自動車を営業車として営業開始。
ビデオレンタルPOSシステムの営業展開を始め、
レンタルマーケットの成長とともに順調に売り上げを伸ばす。
ビジコムの今後
目先の成長にとらわれず、前年対比100%~120%程度の売り上げを見込んでいます。
これは販売方法がソフトレンタル(レントウェア)およびASP方式のため、急激な上昇が見込めないためです。
しかしながら、一度契約したユーザーは継続的な使用が見込めるため安定した収益と成長が見込めます。
ビジコムとしては、今後も流通システムの開発、改良を進め、より多くのお店や流通の方々に使っていただけるように
進めていきます。
現在、専門店の数は約30万件あり、当社のシェアは約5%です。今後10%~15%のシェアを目標とし3万件以上の導入を考えています。